ICU 患者の睡眠障害とせん妄
- 掲載:2025年02月
- 文責:メディカ出版

PICS の概念とその構成要素
近年、集中治療の進歩により重症患者の救命率は飛躍的に向上したが、ICU 退室後の後遺症によって生活の質(quality of life;QOL)が大きく損なわれ、それらが発端となって再入院や死亡に至るケースも多い。集中治療後症候群(post intensive care syndrome;PICS)とは、ICU 在室中あるいは退室後に生じる身体機能・認知機能・精神機能の障害であり、患者家族のメンタルヘルスの障害も含まれる1。
PICS は重症病態に加えて、ICU での医療行為やICU の環境、心的ストレスなどが複合的に作用して発症すると考えられている。中でもICU での睡眠障害やせん妄は、PICS 発症の関連因子として重要である(図1)2。米国集中治療医学会が示した成人のICU 患者に対する鎮痛・鎮静・せん妄管理ガイドライン(PADIS ガイドライン2018)においても、ICU 患者の睡眠障害は「患者予後に影響を与える可能性のある介入可能な危険因子」として提唱されている3。
本稿では、PICS 発症の関連因子のうち、ICU での睡眠障害とせん妄に焦点を当て、その機序やリスク要因、予防対策などについて解説する。

ICU-AW;ICU-acquired weakness
ARDS;acute respiratory distress syndrome
(文献2を参考に作成)
睡眠の基礎知識
睡眠とは、脳の複数の神経伝達機構の作用により調節される生命維持に必要な生理現象である。睡眠は大きく分けてnon-REM 睡眠とREM 睡眠に分けられ、non-REM 睡眠は睡眠の深さによってStage1~3(N1~N3)に分けられる。N1 は浅い睡眠で、シータ波を中心とした低振幅の脳波を認める。N2 では紡錘波やK複合体など特徴的な脳波が出現し、N3 では高振幅徐波が出現する。N3 は徐波睡眠とも呼ばれ、脳が休息した状態であり、成長ホルモンの分泌が増加し、コルチゾールやカテコラミンの分泌が低下することで創傷治癒が促進し、循環や呼吸状態は安定化する。
REM 睡眠では覚醒に近い脳波となり、急速眼球運動や骨格筋活動の低下が起こる。REM 睡眠中は夢を見るといわれるが、記憶の整理に関与すると考えられている。一晩の睡眠の経過では、non-REM 睡眠とREM 睡眠で構成される周期的な変化を4~5回程度繰り返しながら、内分泌系、免疫系、精神機能などを調節していると推測される。
睡眠の概日リズム(昼夜のリズム)の調節は、上行性網様体賦活系を中心とした覚醒機構と腹外側視索前野を中心とした睡眠機構が互いに影響し、交互に出現することで覚醒と睡眠の周期が出現する。睡眠の発現には、睡眠物質の蓄積によって睡眠欲求(睡眠圧)が高まる液性機構(process S)と、メラトニン分泌により調整される体内時計により睡眠を誘発する神経機構(process C)がある。process S では、睡眠前の覚醒期間により睡眠物質が蓄積されるため、日中に多く覚醒すると夜間の睡眠欲求が高まる。またprocess C では、メラトニン分泌は外部環境により影響を受けるため、日中は自然光など明るい環境、夜間に暗い環境とすることでメラトニンが正常に分泌され、夜間に睡眠が誘発される。
ICU 患者の睡眠障害とその発症要因
ICU での睡眠障害の特徴は、概日リズムの障害、高度な睡眠の分断、浅い睡眠(N1、N2)が増え、深い睡眠(N3、REM 睡眠)が減少または欠如する、などがある。また、重症患者では、重症病態に伴う急性脳機能障害や鎮痛・鎮静薬の影響により昏睡やせん妄を発症し、脳波所見としても、通常の睡眠カテゴリーでは分類できない病的な睡眠脳波が出現する症例も多い(非定型睡眠:atypical sleep、病的覚醒:pathologic wakefulnessなど)。睡眠障害は、短期的には、せん妄、人工呼吸器装着期間の延長、免疫能の低下、認知力低下などに関連し、長期的にはPICS ドメインや院内あるいは長期的な死亡率の増加に影響することが推定されている(図2)4。
ICU での睡眠障害の要因として、ICU 環境因子(騒音、照明、患者ケア)、重症病態(全身炎症、敗血症、循環・呼吸不全など)、ICU での治療介入(人工呼吸管理、鎮静薬や昇圧薬などの薬物療法、不動化など)などがある。
ICU の騒音に関しては、世界保健機関(WHO)の推奨では35dB以下が推奨されるが、実際のICU の騒音は常時50dBを超える場合が多い。騒音の原因には、モニターやアラーム音のほかに医療従事者の会話も含まれる。照明に関しては、昼夜を問わない照明と共に日中の照度不足も問題となる。人工呼吸管理では、呼吸補助の不足や患者と人工呼吸器との非同調によるストレス、また過剰な呼吸補助による無呼吸発作などが睡眠障害の原因となる。
持続的に鎮静薬を投与された患者では、脳波は用量依存性に影響を受け、概日リズムを失い、覚醒反応も減弱する。ベンゾジアゼピン系鎮静薬やプロポフォールは腹外側視索前野の γ-アミノ酪酸(gamma-aminobutyric acid;GABA)受容体に作用して鎮静効果を発現するが、睡眠ポリグラフ検査ではN1、N2 が増加し、N3 やREM 睡眠は減少する。また、投薬中止後の退薬症状やせん妄、覚醒遅延などが問題となるほか、高用量のベンゾジアゼピン系鎮静薬使用では、ICU 患者で多く見られる病的睡眠脳波との関連も示唆される。α2受容体作動薬であるデクスメデトミジン塩酸塩は延髄の青斑核に作用し、ノルエピネフリン分泌を抑制して上位中枢の興奮・覚醒を抑制し、正常睡眠に近い鎮静作用を発現すると考えられている。また、覚醒機構を調整するオレキシンの活動性は維持され、鎮静中でも刺激にて容易に覚醒するという特徴がある。

ICU 患者の睡眠障害とせん妄の関連
せん妄は、注意力や認知力低下、意識障害などを伴う急性かつ一過性の脳機能障害であり、さまざまな疾患や重症病態、薬物治療などにより惹起される。せん妄は、ICU 患者の30~80%で発症し、抑うつ状態に類似した低活動型せん妄が全体の40~50%を占め、興奮や幻覚などを特徴とする活動型せん妄は全体の数%と少ない。ICU せん妄は、長期の認知機能障害、精神機能障害と関連し、死亡率は2~3倍にまで増加するとされる。
睡眠障害とせん妄との関連については不明な点が多いものの、両者には多くの共通点がある。臨床症状としては、共に注意力低下、精神不安定、認知力低下、幻覚、妄想などを呈すること、また、重症病態や基礎疾患、ICU 環境によるストレス反応が誘因となる点も共通している(図3)5。急性脳機能障害の一分症であるせん妄を有する患者では、睡眠障害や概日リズム障害を呈しやすく、REM 睡眠の減少やメラトニンの血中濃度の低下も指摘されている。一方で、睡眠障害はせん妄発症の閾値を下げることも知られており、PADIS ガイドライン2018においても、せん妄対策としてICU での睡眠促進の重要性が示されている3。

(文献5を参考に作成)
睡眠障害への対策:環境整備と非薬物的介入
薬物の脳波に与える影響やせん妄の誘発、薬物依存などの副作用を考慮すると、鎮静薬の使用は必ずしも睡眠の質の改善にはつながらない。睡眠は周期性を持って自発的に発生する生理的現象であり、そのサイクルは睡眠物質などの液性機構やメラトニン分泌が影響する体内時計の支配を受ける。よって、自然睡眠を促すには、①日中は覚醒状態を維持し、夜間の自発的な睡眠を促すこと、②夜間の睡眠を妨げる有害な刺激を減少させること、③睡眠に影響する薬物の使用を制限すること、が重要である(図4)2。
まずは、手順1としてICU 環境の整備を行う。具体的には、夜間の照明や騒音、処置を避け、日中はできるだけ覚醒を維持して夜間の睡眠欲求を増加させる。自然光を取り入れることや昼間の照明を維持することは、メラトニンの分泌調整において重要である。また、早期離床・リハビリテーションは身体機能や認知機能の維持のみならず、日中の睡眠を減らす上でも有用と考えられる。
ICU 環境の整備のみで睡眠が改善しない場合は、手順2として耳栓やアイマスクの使用、リラックスできる音楽の導入、マッサージ、温浴などが推奨されるが、あくまで患者の受け入れや快適さを優先して実施すべきである。
睡眠障害への対策:薬物的介入
非薬物的介入にて睡眠障害が改善しない場合は、手順3として薬物的介入を考慮する。
ICU 患者に対する睡眠障害に対して確立した薬物療法は存在しないものの、非挿管患者ではメラトニン受容体作動薬、オレキシン受容体拮抗薬の内服を考慮する。両薬剤は、非挿管患者の睡眠を促進し、せん妄を抑制する効果が報告されている4。
一方、挿管患者では、気管チューブの刺激や重症度の高さから、鎮痛・鎮静薬の静脈内投与が必要な場合も多い。考えられる薬物的介入としては、①鎮痛主体の鎮静管理により、不要な鎮静薬を減らし、疼痛によるストレスを軽減する、②日中の鎮静薬の使用を減量/中止して日中の覚醒を促し、鎮静薬の投与量を減量する、③睡眠動態に影響の少ない鎮静薬を選択する、などが考えられる。GABA 受容体作動薬では睡眠動態の改善は得られず、せん妄発症頻度も高いことから、α2受容体作動薬であるデクスメデトミジン塩酸塩の使用が考慮される4。ICU 患者に対するデクスメデトミジン塩酸塩による夜間鎮静により、せん妄発症頻度が抑制されることが報告されている6。

(文献2を参考に作成)
ICU 患者の睡眠障害・せん妄対策の今後の展望
PICS の構成要素である認知機能や精神機能障害において、ICU での睡眠障害やせん妄対策は重要である。ただし、睡眠ポリグラフ検査などの睡眠評価法は、煩雑で専門的な知識を要することからリアルタイムでの評価は難しく、ICU 患者への使用には適さない。また、現在の睡眠に関する知見の多くは、健常者あるいは比較的軽症の患者や動物実験から得られたものであり、ICU 患者にそのまま応用できるのかは定かではない。ICU 患者を対象とした臨床研究や睡眠促進を意識した患者ケアを実施する上で、低侵襲かつ簡便でリアルタイムに睡眠動態をモニタリングできる装置の開発は有用であろう。
また、ICU 患者では、重症病態や薬物療法により、睡眠行動や睡眠脳波の解釈が難しく、従来の睡眠深度のスコアリング法では正確な睡眠動態を評価することは難しい。現在、睡眠脳波のパワースペクトラム解析を含めた睡眠深度のモニタリング法や睡眠段階の自動スコアリングの技術開発が進んでおり7、それらを応用することで、今後ICU 患者の睡眠動態への理解が深まることに期待したい。
【 参考文献 】
1. | Needham, DM. et al. Improving long-term outcomes after discharge from intensive care unit: report from a stakeholders’ conference. Crit Care Med. 40(2), 2012, 502-9. |
2. | 大藤純.Post-Intensive Care Syndrome(PICS)の概念と対策:睡眠障害と譫妄を中心に.四国医学雑誌.74(3,4),2018,89-100. |
3. | Devlin, JW. et al. Executive Summary: Clinical Practice Guidelines for the Prevention and Management of Pain, Agitation/Sedation, Delirium, Immobility, and Sleep Disruption in Adult Patients in the ICU. Crit Care Med. 46(9), 2018, 1532-48. |
4. | Knauert, MP. et al. Causes, Consequences, and Treatments of Sleep and Circadian Disruption in the ICU: An Official American Thoracic Society Research Statement. Am J Respir Crit Care Med. 207(7), 2023, e49-e68. |
5. | 鶴田良介ほか.重症患者の睡眠管理.日本集中治療医学会雑誌.24,2017,389-97. |
6. | Skrobik, Y. et al. Low-Dose Nocturnal Dexmedetomidine Prevents ICU Delirium. A Randomized, Placebo-controlled Trial. Am J Respir Crit Care Med. 197(9), 2018, 1147-56. |
7. | Levendowski, DJ. et al. The Accuracy, Night-to-Night Variability, and Stability of Frontopolar Sleep Electroencephalography Biomarkers. J Clin Sleep Med. 13(6), 2017, 791-803. |
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