特別企画

日本の救急医療の歴史とテレビドラマ
『TOKYO MER~走る緊急救命室~』が示唆するもの

  • 掲載:2026年02月
  • 文責:メディカ出版
日本の救急医療の歴史とテレビドラマ<br>『TOKYO MER~走る緊急救命室~』が示唆するもの

救急医療の歩み

医療の原点は「救急」にある。既存の診療科領域のいずれにおいても、急な傷病に対して、年齢、来院時間、来院手段を問わず適時に診療するのが「救急医療」であり、その仕組みが「救急医療体制」である。

システムの変遷

近代の黎明期

わが国における救急医療の仕組みの黎明期はおおむね昭和初頭といえる。1931年(昭和6年)に全国で最初の救急車が日本赤十字社大阪府支部に、また1933年(昭和8年)に全国で最初の消防救急車が神奈川県警察部の横浜市山下消防署に置かれた。戦後、1948年(昭和23年)に救急隊による傷病者の搬送が開始され、1963年(昭和38年)にようやく「事故・災害などによる患者搬送は市町村の消防機関の義務」として救急搬送業務が法制化された。また「応急救護報知電話(119番)」が1936年(昭和11年)に確立している。
病院のほうはどうか。東京大学の記録によれば「東京帝國大學醫学部附属醫院急病者受附所」の掲示板(1925年〈大正14年〉5月15日)に、「當分ノ内(とうぶんのうち)左記ノ急病者ヲ取扱フ(中略)腹痛(はらいた) 腸不通症(ふんづまり) 尿閉(せうべんづまり) 外傷(大けが)」という記載をみることができる1。1936年(昭和11年)には警視庁が、東京都内173病院に救急病院を委嘱したと記録されている。

交通戦争と初期、二次、三次救急医療体制

1950年代、歩行者の交通事故死が激増した。これらは第一次交通戦争と呼ばれ、1964年(昭和39年)には救急搬送先の病院などを定める省令のもと、救急医療機関告示制度が施行された。その後いったん減少した交通事故死が、若年層の運転中の事故を中心に再び増加に転じた(第二次交通戦争)。その際、重症度に応じた初期、二次、三次救急医療体制が発足し(1977〈昭和52年〉)2、現在に至っている。三次救急医療体制は新たに設置された救命救急センターにおいて救命救急医療を、二次救急医療体制は入院を要する救急医療を担う。

救急搬送途上の医療

救急医療施設の整備が進むなか、1980年代終わりには医療機関への搬送途上の医療の確保が課題となり、その担い手をドクターカーの推進による医師とするのか、新たな制度を設けたうえで救急隊員とするのかについて検討されるようになった。直接の契機となったのは、国会議員が欧米に比してのわが国の心停止後社会復帰率の低さを指摘したことであった。当該領域の国の有識者が二分される激しい議論の末、米国パラメディックを範とした救急救命士資格が作られ、1991年に救急救命士法が公布され、同年施行に至った。以降、救急救命士の処置範囲は、当初の心肺停止に対する特定行為(指定気道確保用器具の使用、電気ショックの実施、末梢静脈路の確保)にとどまらず、経時的にそれぞれ特定の条件のもとで拡大されている。本制度の最大のポイントはメディカルコントロール(以下、MC)の実践にある。MCは主に米国からわが国に初めてもたらされた概念であり、いまだ邦訳に至っていない。総論的には(あるいはその目的は)、「救急救命士制度に基づく活動の質を保証し、同時に患者の安全性を確保する仕組み」のことである。
一方で、地域や傷病を限定した形で全国的にドクターカーの運用が進んだ3。現時点で、全国で約300台が稼働している。後述する『TOKYO MER~走る緊急救命室~』はまさにそのモデルの一つといえる。救急救命士の法制化の際の衆・参議院社会労働委員会会議録4、5のなかにある「ドクターカー方式等を推進し、救急医療体制の一層の充実を図る」という附帯決議は、両体制の推進と連携の重要性を示すものであり、30年後の現在を予見するものである。
1995年の警視庁長官狙撃事件を契機に、より迅速な救急医療提供体制の強化が推進され、その一環としてドクターヘリの全国導入が進んだ。2024年時点で57機のドクターヘリが全国47都道府県に配備され、活躍している。

救急診療の標準化のムーブメント

2000年前後から、日本救急医学会などが中心となって診療の質評価指標と評価に係る研究が盛んに行われた。特に外傷診療においては、2003年の日本外傷データバンク設立を契機に継続的な質評価が可能になった。並行して、診療の標準化の機運が徐々に高まっていき、多くのガイドラインが開発され、また標準化に向けた研修コース(救急蘇生〈ICLS:2003年〉、外傷初期診療〈JATEC:2003年〉など)が開始され、救急医療体制の質向上に寄与している。

リスクに基づく事前の救急医療体制の構築

オリンピックや万博などのマスギャザリングイベント、国際会議や祝典などの注目度・関心度が高い行事(ハイプロファイルイベント)の開催にあたっては、事前のリスク評価に基づき、①日常の救急医療体制の確保、②大規模イベントに対する医療体制の構築、③不測の事態への対応について準備する必要がある6。特に2000年以降、体系的に体制が整備されるイベントが増えている。

「救急科」という診療科

救急医療体制の変遷を辿るうえで、2018年の新専門医制度において救急科が基本診療科に組み込まれたことも重要なマイルストーンの一つである。筆者が院外心停止傷病者の受入時に、警察関係者から専門について尋ねられ、「救急です」といくら答えても「それは大変ですね。さておき先生は外科ですか? 内科ですか?」と聞き返されたあの80年代は、遠い昔。

他国との相違

わが国の救急医療体制の特徴は、国民皆保険制、民間の医療機関への依存度の高さ、救急医療専従者の少なさ、上述のわが国固有の階層的体制(初期、二次、三次救急医療体制)、そして病院前救護は総務省消防庁管轄、医療は厚生労働省管轄という縦割り行政などが挙げられる。
担当省庁については、英国では保健省が救急搬送と医療を一括して担当し、体制運用に係る諸データを病院前から院内まで包括しているため、体制評価と見直しが効率的な質の改善・向上を可能にしている。プレホスピタル体制の担い手については、現場に医師を派遣する独・仏・スペインなど7、8と、パラメディック(医師の指示下で高度な救命処置が可能な救急隊員)による米・英などという構図がある。わが国は米国パラメディックを参考にした救急救命士制度を導入し、加えて前者のシステムも運用されていることは前述した通りである。従前よりシステム間の優位性に関する論争9~11がしばしばあったが、各国の現場診療に対する長い歴史に支えられた理念の相違がその背景にある。
受入医療機関体制においては、わが国と異なりER型を主とした体制をとる国は多い。ER型とは、北米型救急医療体制を指し、救急外来(Emergency Room;ER)で救急医が年齢や重症度、傷病の種類を問わず、すべての救急患者を初期診療するシステムである。わが国では地域ではなく病院ごとの体制の違いとしてER型が存在している。
この半世紀において各国からわが国に紹介され、参考にされてきた知見は少なくない。
1980年代終わりからの救急救命士・ドクターカー論争のなかでの米国MCの概念と仏国SAMUシステムや、1995年の阪神・淡路大震災と東京地下鉄サリン事件後の体系的な災害時・同時多数傷病者の医療体制整備が求められたなかでの米国DMATや仏国SAMU7あるいは英国MIMMS12がもたらしたものは大きい。救急需要増大への対応の一環としての英国電話相談システム(NHS Direct〈当時〉)は2000年代のわが国の救急安心センター事業(#7119)に多大な影響を与えている。

救急医療の現状と課題a~c

医療機関の救急受入困難例増への対策

高齢化や自己判断のための情報不足を背景に、増加の一途を辿る救急需要(119番による救急要請)は従前からの喫緊の課題である。需要増大は需給の量的な不均衡(アンバランス)と質的な不整合(ミスマッチ)を起こすためである。需要増大は救急車の現場到着の遅れをもたらし、受入病院側の病床占有や人手不足を引き起こした結果、病院到着までの時間延伸や救急受入困難のケースを増加させる。2009年(平成21年)の消防法改正では、都道府県に「傷病者の搬送及び受入れの実施に関する基準」を定めることが義務付けられたが、いまだ課題解決に至っていない。質的な需給不整合の問題については、現場判断の精度には限界があり、そもそも受入側が二次と三次といった選択肢を有する限り解決は難しい。現在検討中の第9次医療計画において、急性期拠点機能、高齢者救急・地域急性期機能などの新たな医療機関の類型化が図られ、検討が進められている13
そのほかの対策では、市民が救急要請する前の段階において、緊急度に応じた受療先とタイミング、手段を看護師が電話相談対応で勧奨する仕組みとして「#7119(救急安心センター事業)」がある。日本臨床救急医学会が策定した緊急度概念(図114・類型に基づく判定規準の継続的な質の管理のもとで、受療行動の支援を通じて、救急車の適時利用や医療機関時間外受診減少などの効果を出している。

地域住民の理解とつながり
図1 緊急度の概念図:傷病の種類や傷病者の年齢や併存症などによって、放物線で示した坂の傾斜が異なる(文献14より改変)

救急医療の今後-『TOKYO MER~走る緊急救命室~』で見た世界d

昨今映画化までされ、根強い人気を誇る、救急医療を題材にしたテレビドラマ『TOKYO MER~走る緊急救命室~』。その専用車両「ERカー」は実在しない架空の車両である。8トン車を改造し、最新鋭の機材と手術室を備え、優秀なスタッフが救急や災害現場に急行し大活躍する。さて見どころはどこか。エンタメ的視点ではなく、その“すごさ”の本質は、ひとことで言えば「DX」の実現にある。
DX(Digital Transformation)とは、「最近の情報通信技術やIoTを活かして集まってくるビッグデータを、AIのようなものを使いながら解析する、根本的な変革」を意味する。これがあるから都知事と現場と病院が直でつながるのだ。情報がハンズフリーかつPush型でチームメンバーに送られてくるさまもポイントである。しかしこれらはすでに医療界以外では多く実現しているシステムの統合といえる。
救急医療のフィールドにおけるポジションはある程度はっきりしてきた。それは従前のダブルボードで分類されるものではなく、あくまでの主役たる傷病者への経時的関わりにおいての役割分担である(図2)。このチームメンバーにこれから必要なことは、いかに新たに発明(Invention)されたものを既存のものに組み合わせて「新たな価値」を創出(Innovation)していくか、である。
救急車が空を飛び、月や火星に移住者が出るのはもう夢物語ではない。時代のニーズに合わせてこれからも救急医療は「どこで倒れても最高水準の医療を提供する」体制を目指していかねばならない。
あらためて、医療の原点は「救急」にある。

地域住民の理解とつながり
図2 救急医療を支える5つのポジション

【引用文献】

  1. 前川和彦.我が国における救急医療の変遷:温故知新.小林国男 帝京大前教授退官記念シンポジウム講演配布資料.2004.
  2. 救急医療対策事業実施要綱.昭和52年7月6日.医発第692号.厚生省医務局長通知.
    https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00ta6774&dataType=1&pageNo=1〈2025年8月参照〉
  3. 日本航空医療学会(全国ドクターカー協議会).令和4年度 厚生労働省委託研究事業.ドクターカーの運用事例等に関する調査研究事業 報告書.2023.
    https://web.j-gems.net/report/data/report-20230622.pdf〈2025年8月参照〉
  4. 第120回国会 衆議院 社会労働委員会議録.附帯決議.平成3年4月12日.
    https://kokkai.ndl.go.jp/#/detailPDF?minId=112004410X00919910412〈2025年9月参照〉
  5. 第120回国会 参議院 社会労働委員会会議録.附帯決議.平成3年3月26日.
    https://kokkai.ndl.go.jp/#/detailPDF?minId=112014410X00419910326〈2025年9月参照〉
  6. 森村尚登.イベント開催中の地域の救急医療.公衆衛生.88(8),2024,815-24.
  7. 森村尚登.フランス院外救急医療システムにおけるメディカルレギュレーション.日本臨床救急医学会雑誌.2(2),1999,203-10.
  8. 内田敬二ほか.ドイツにおける救急医療体制とプレホスピタルケアの現状.日本臨床救急医学会雑誌.3(5),2000,515-22.
  9. O, Wenker. et al. Editorial : Death of a princess. The Internet Journal of Rescue and Disaster Medicine. 1(2), 1999.
  10. Schmidt, U. et al. On-scene helicopter transport of patients with multiple injuries-comparison of a German and an American system. J Trauma. 33(4), 1992, 548-53.
  11. Nurok, M. The death of a Princess and the formulation of medical competence. Soc Sci Med. 53(11), 2001, 1427-38.
  12. MIMMS Japanホームページ.https://www.mimms-jp.net/〈2025年9月参照〉
  13. 厚生労働省.第2回地域医療構想及び医療計画等に関する検討会:資料.
    https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_61146.html〈2025年9月参照〉
  14. 日本臨床救急医学会 緊急度判定体系のあり方に関する検討委員会.緊急度判定の体系化;発症から根本治療まで.日本臨床救急医学会雑誌.19(1),2016,60-5.

【参考文献】

  1. 総務省消防庁.令和6年版消防白書.
    https://www.fdma.go.jp/publication/hakusho/r6/68138.html〈2025年9月参照〉
  2. 代表理事挨拶.日本臨床救急医学会ホームページ.
    https://jsem.me/about/greeting.html〈2025年9月参照〉
  3. 急な病気やけが 救急車利用判断の目安にもなる「緊急度」とは.Medical Note.
    https://medicalnote.jp/nj_articles/191126-001-XU〈2025年9月参照〉
  4. 坂村健.DXとは何か:意識改革からニューノーマルへ.東京,KADOKAWA,2021,248p.

関連商品

関連商品はありません。

関連記事

関連記事はありません。

アイ・エム・アイ株式会社 IMI.Co.,Ltd

このページは、医療関係者の方へ弊社の販売する商品・サービスに関連する情報をご提供することを目的として作成されております。一般の方への情報提供を目的としたものではありませんので、あらかじめご了承ください。

あなたは医療関係者ですか?
TOPへ