“話し合い”は間に合うのか?
救急医療におけるAdvance Care Planningの実際と課題
- 掲載:2025年12月
- 文責:メディカ出版
2024年、⽇本救急医学会、⽇本⽼年医学会、⽇本緩和医療学会などの学会を中心に「⾼齢者救急問題の現状とその対応策についての提⾔2024」が発表された1。そのなかで一貫して強調されている一大テーマが、日本では「人生会議」の愛称でも広まっているAdvance Care Planning(以下、ACP)である。ACPは日頃の生活から、普段の外来、救急搬送されるような緊急事態、そして終末期にかけて全体に関わってくる内容であり、救急医かつ緩和ケア医でもある筆者にとっても非常に興味深く、省察を繰り返してきた。いまだその是非に結論が出ているわけではないが、本稿では救急の現場を例に挙げ、ACPがどのようなものであり、どういった役割を担いうるのか、自身の経験も振り返りながら解説する。
ACPとはそもそも何だろうか? その効果や利点とは?
ACPとは
ACPはAdvance Care Planningの略であるということが、一見地味ながらも重要である。まず、「Advanced(発展した)」ではなく「Advance(前もって)」であり、ハードルの高い発展的な内容ではないことを押さえておきたい(権威ある学会のセッションタイトルでもこのような誤用が時折見られる)。そして特に重要なのが、「Plan(計画)」ではなく「Planning(計画をすること)」であることだ。
アジア人の専門家を中心に作成された最新のACPの定義は、「A process that enables individuals to identify their values, to define goals and preferences for future medical treatment and care, to discuss these values, goals, and preferences with family and/or other closely related persons, and health-care providers, and to record and review these preferences if appropriate.(拙訳:自分の価値観を明らかにし、将来の医療やケアに関する目標や嗜好を定め、これらの価値観、目標、嗜好について家族および/またはその他の近しい関係者、医療従事者と話し合い、適切であればこれらの嗜好を記録し、繰り返し見直していくことを可能にするプロセス)」とされており、まさしくPlanningというプロセスであることが強調されている2。
ACPは何のために行うのか
さて、ACPは何のために行うものだろうか。それは、求められたときに意思決定をするため、ACP風な表現をすればIn-the-moment Decision Makingをするためだと筆者は考えている。医療はもちろんのこと、介護などのケアを含めた今後の人生の決断の際に、「以前はこういうふうに考えていたよね」という参考材料として活用するものである。そのため、「だから今回も〇〇にしよう」や「でも今回はこの点で違うから、△△にしよう」という形で意思決定につながっていく。ここが、「Plan(計画)」≒「決断」ではなく「Planning(計画すること)」≒「決断を考えること」の本髄の部分であり、ACPとIn-the-moment Decision Makingに変化が生じうることも許容しているポイントなのである。
また、ACPで話し合うべきことは、具体的な医療内容にこだわらないほうがよい。具体的な医療内容の希望を残したものは事前指示書といわれ、意思決定能力がなくなった際に本人の意向を尊重した医療・ケアを行うのに役立つと期待されたが、アメリカの非常に大規模な研究で、QOLや医療内容は変わらず、医療費がむしろ増えるなどの悪影響まで示唆された3。そこで現在ACPでは、具体的な内容よりも、その人の人生において「楽しみ」や「生きがい」、「気がかり」、「死んだほうがマシと思うような状態」などの価値観・人生観を確認・共有することが重要とされている4。具体的な医療内容は病状など意思決定時のシチュエーション次第なこともあり、前もって決めてもうまく適用できないことも多いが、価値観はそこまで変わるものではない(もちろん変わっても問題ない)ので、その価値観と病状をもとに、その人の意向に沿った医療・ケアを検討することができる。
では、そのような価値観を共有することでどういった効果が得られるのだろうか。
一般的なACPと救急領域のACPの違い
一般的なACPは、外来や入院中でも退院が見えてきたあたりのタイミングなどに、時間をかけて病状の進行や予後を考慮し、段階的に繰り返し話し合いを進めていくものであり、「人生会議」とも表現される。また、本人の価値観とは、「会議」という仰々しい場面でしか確認できないものではなく、日頃の生活に根ざしている。日々の雑談のなかで「楽しみ」や「生きがい」などを家族・医療従事者で共有することもできるので、「雑談力」もACPにおいては重要な役割を担っている。
一方で、救急領域のACPは、予期しない急変で救急外来に運ばれ、意識不明や重度のショック状態で、自らの意思を表明できないことも多い患者に対して、時間的制約が非常に厳しいなかで行われる。そして、ACPといいつつも、「Advance(前もって)」ではなく救急外来の現場で意思決定が迫られることもあり、まさしく先述のIn-the-moment decision makingとなる(Serious illness conversationやGoals of care discussionという表現をする文献もある)。ただ、一般的なACPと救急領域のACPにももちろん共通点はあり、その最たるものが話し合うべき内容だ6。どんなに救急の現場がACPにおいて過酷だとしても、同じ内容、すなわち前述の「楽しみ」「生きがい」「気がかり」「死んだほうがマシと思うような状態」などの価値観を話し合う。そして、その過酷なACPを少しでもスムーズに行えるようにすることが、一般的なACPの目的の一つといえるだろう。見方を変えれば、ここにもACPの重要な要素の「繰り返し」があるということである。

実際に想定される具体的なケース
心肺蘇生の判断
心肺停止の現場では秒単位の判断が求められるため、話し合いをしてから心肺蘇生を開始するというのは現実的ではない。話し合いの完了を待っていたら、救える命も救えなくなってしまうため、救急外来での話し合いは心肺蘇生と並行して行われるのが基本だ。
ACPをこれまで重ねていて、心肺蘇生の希望がないことをスムーズに確認することができれば、速やかに蘇生中止の判断を行い、心肺蘇生の負荷からいち早く抜け出すことができるだろう。また、重篤な障害があるなかでの延命という本人の望みとかけ離れているかもしれない状況につながって、その後の意思決定支援に家族も苦慮するというシチュエーションを避けることもできるかもしれない。
気管挿管や人工呼吸器装着の判断
重症呼吸不全で人工呼吸器が選択肢になる場合も、基本は、患者の価値観を本人・家族から聞き出し、病状と価値観から人工呼吸管理がよいか、そのまま穏やかに過ごすのがよいかを考える必要がある7。ただ、このようなIn-the-moment Decision Makingのコミュニケーションは容易ではないため、コミュニケーションスキルの低い医師から決断を押し付けられてしまったり、時間をかけても患者本人の価値観がはっきりとせず家族や医療従事者の価値観に偏ってしまったりと、うまくいかないことも残念ながらまだまだ多い。医療従事者のスキルアップももちろん必要だが、このような状況でも事前にACPを重ねておくことで、本人の希望に添いそうな治療を類推しやすくなる。
これらの事例は、ACPが患者自身の価値観を反映した医療を実現し、家族の精神的負担を大きく軽減する可能性を示している。
現状の課題と今後の展望
日本におけるACPの普及は医療従事者も含めてまだまだ不十分である。法的な拘束力のなさ、ACPを支援する専門職の不足、国民の認知度・理解度の低さ、地域連携の不足などが課題とされるが、筆者が一番課題に感じるのは、ACPを活用して意思決定支援ができる医療従事者が少ないことである。そのような点を考慮し、救急現場でのACP推進のためには、以下の取り組みが不可欠と考える。
まとめ
ACPは今後の医療において非常に重要な役割を果たすことは間違いない。一方で、繰り返しにもなるが、それを有効活用する姿勢・コミュニケーションスキルがわれわれ医療従事者にないと、無用の長物になってしまう恐れもある。患者の病態だけでなく、価値観・人生観にもフォーカスをあて、最善の医療・ケアを追い求めていく。そのスタンスを急性期・慢性期問わず皆が大事にしていくことで、ACPの可能性は大きく広がるだろう。救急外来の現場で、「生きがい」などの価値観を問いかける声が徐々に増えていくことで、日々の生活でも価値観を共有するような動きにつながり、ACPが当たり前のものになっていく――そんな未来に期待していきたい。
【参考文献】
- 日本救急医学会ほか.高齢者救急問題の現状とその対応策についての提言2024.
https://www.jaam.jp/info/2024/files/20241220_1.pdf〈2025年9月参照〉 - Mori, M. et al. Definition and recommendations of advance care planning:A Delphi study in five Asian sectors. Palliat Med. 39(1), 2025, 99-112.
- Danis, M. et al. A prospective study of advance directives for life-sustaining care. N Engl J Med. 324(13), 1991, 882-8.
- 中川俊一.米国緩和ケア専門医が教える あなたのACPはなぜうまくいかないのか?.東京,メジカルビュー社,2024,240p.
- Detering, KM. et al. The impact of advance care planning on end of life care in elderly patients: randomised controlled trial. BMJ. 340, 2010, c1345.
- Smith, AK. Should we still believe in advance care planning?. J Am Geriatr Soc. 70(5), 2022, 1358-60.
- 伊藤香ほか.緊急ACP:VitalTalkに学ぶ悪い知らせの伝え方、大切なことの決め方.東京,医学書院,2022,160p.
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