人工呼吸器と感染対策 ―患者を感染から守る―
- 掲載:2023年08月
- 文責:メディカ出版
- VAPは、肺内に細菌を流入させてしまうことによって起こる医原性の肺炎である。
- VAP予防は、肺内に細菌を流入させないよう感染対策を充実させることや、早期抜管を目指すことによりVAPの発生リスクを回避することが重要である。
- 国内外において、VAP予防のためのガイドラインが発表されており、それらをバンドルとして実施することによりVAP予防効果が期待できる。
人工呼吸器関連肺炎(ventilator‒associated pneumonia, VAP)は、気管挿管から48時間以上経過して発症した呼吸器感染症である。VAPは、発症すると治療に難渋することが多く、患者に大きな不利益を与える可能性が高い。そのため、適切な予防手段を講じることによりVAP発生率そのものを低減することが重要である。
VAPの要因
人工呼吸器使用患者が肺炎を発症しやすい理由は、上気道が備える細菌の下気道流入やそれらを排除する機能が、気管チューブを挿入することによって破綻してしまうからである。さらに、気管チューブにより声門の閉鎖を阻害し、鎮静を行うことで咳反射の抑制が起こるため容易に誤嚥し肺への細菌の流入が起こる。それにより、免疫機能が低下した重症患者は肺炎を起こしやすく、VAP予防はそれらの流入経路を断ち切ることが目的となる。
細菌の流入経路
VAP発生の原因となる細菌の侵入経路はほとんどが経気道的で、血行性あるいはバクテリアルトランスロケーションによるリンパ行性の侵入はきわめてまれであると考えられている1。細菌の主な侵入経路は、口腔・鼻腔・咽頭に定着した細菌や胃内で増殖した細菌が逆流し気管チューブの外側を通り肺内に流入する誤嚥や、人工呼吸器回路が汚染したことにより気管チューブの内側を通って細菌が肺内に吸入する。さらにその結果、細菌が気管チューブにバイオフィルムを形成することがあり、抗菌薬の届かない(血流がない)場所で生き延びた細菌が肺内に入りVAPの原因となる (図1)。
感染リスクを高める要因
VAPの危険因子は、宿主要因と治療要因に分けられる(表1)2。特に治療要因は、医療従事者の努力で改善できる項目が多く、VAPを予防するうえで重要となる。
またVAPの要因として重要なものに、人工呼吸器使用日数がある。人工呼吸器使用日数は、1日増加するごとにVAPの発生率が1~3%増加する2)。そのため、気管チューブを挿入することによって生じるVAPの発生リスクから、早期に患者を解放することでVAPの発生を回避できる可能性が高くなるのである。このため近年、VAP予防として感染対策の向上だけでなく早期リハビリテーションの導入などの、早期抜管に向けた取り組みが重要視されてきている。
表1 :VAPの危険因子
宿主要因 | 治療要因 | その他の要因 |
---|---|---|
血清アルブミン<2.2g/dL | H2受容体拮抗薬±制酸薬 | 季節:秋、冬 |
年齢≧60歳 | 筋弛緩薬、鎮静薬の持続投与 | |
ARDS(急性呼吸窮迫症候群) | 4単位(米国)以上の血液製剤投与 | |
慢性呼吸器疾患 | 頭蓋内圧モニタ | |
昏睡、意識障害 | 人工呼吸期間>2日 | |
熱傷、外傷 | PEEP(呼気終末陽圧)使用 | |
臓器不全 | 頻回の呼吸回路交換 | |
疾患の重症度 | 汚染された人工呼吸器具 | |
大量の胃内容物誤嚥 | 再挿管 | |
胃の細菌定着とpH上昇 | 経鼻胃管の留置 | |
上気道の細菌定着 | 仰臥位 | |
副鼻腔炎 | ICUから退室 | |
以前の長期抗菌薬投与 | ||
抗菌薬未治療 |
(文献2より作成)
VAPの予防
ガイドライン
国内外の学会から、予防策とその推奨度が示されたガイドラインが発表されており(表2)3-5、それらをもとに施設ごとに実践可能な予防策を導入するべきである。
基本的事項
人工呼吸器を管理するスタッフの質を保つため、教育を徹底する必要がある。特に手指衛生は、VAPのみならず医療関連感染の原因の多くが接触感染であるため、VAP予防においても感染対策の基本 となる。
またVAPサーベイランスを実施し、その結果をフィードバックすることで医療の質改善につなげることができる。
肺への細菌流入予防
- カフ上部吸引付き気管チューブ
声門下カフ上に貯留した分泌物が肺内に流入するのを防ぐため、声門下カフ上に吸引用の側孔がついた気管チューブを使用することで、VAPの発 生率が減少し、VAP発生までの期間も延長する6。 - カフ圧
カフ圧が低すぎると、カフ上部に貯留した分泌物が肺内に流入しVAPの原因となりうる。しかしカフ圧が高すぎると気管粘膜損傷の原因となるため、20~30cmH2Oのカフ圧を保てるよう、口腔ケアや気管吸引、体位変換などのケアと併せて調整する必要がある。 - 気管吸引
気管吸引の方法には、開放式吸引と閉鎖式吸引がある。開放式吸引に用いたカテーテルは一連の吸引ごとに廃棄することが推奨されている。閉鎖式吸引システムは、開放式に比べて酸素化と肺容量の維持という点や環境の曝露を軽減するという点で優れている。 - 口腔ケア
口腔ケアに関しては、米国において0.12~2.0%クロルヘキシジンを使用した口腔ケアを施行してVAPの発生率が減ったとの報告7があるが、日本においてはこのような高濃度クロルヘキシジンの粘膜使用は禁忌とされている。そのため口腔ケアは、バイオフィルムを取り除くことが目的となり、新たな口腔粘膜損傷を起こさないようアセスメントし、歯ブラシやスポンジブラシによって機械的に除去する必要がある。 - 体位
頭部挙上は、胃内容物の逆流や口腔内の分泌物が気道へと流れ込むのを防ぐ効果がある。そのため、患者を30~45°の頭部挙上に維持することが推奨される7。しかし、頭部外傷や脳血管疾患また循環動態が不安定なときは禁忌となる。 - 人工呼吸器回路の管理
人工呼吸器回路を開放させると回路内腔の汚染を招き、それが回路内に発生した結露液の逆流などにより、回路を通じて下気道汚染を招く。VAPを予防するためには、回路の開放をできる限り避ける工夫と、結露液の逆流予防が必要となる。具体的には、人工呼吸器回路に明らかな汚染や機械的損傷がない場合は7日以内の定期的な交換をしないことがあげられる9,10。また人工呼吸器内にたまった結露液を排出するなど、回路を開放しなければならない場合も、手袋を着用し回路内の汚染が最小限にとどまるよう注意が必要である。
表2 :VAP予防に関する勧告と推奨度
VAP予防に関する勧告 | CDC (2003) | ATS (2005) | 国公立大学附属病院感染対策協議会 (2018) |
---|---|---|---|
感染教育を行う | ⅠA | Ⅰ | ⅠB |
サーベイランス | ⅠB | Ⅱ | ⅠB |
手指衛生 | ⅠA | Ⅰ | ― |
経口挿管(経鼻挿管回避) | ⅠB | Ⅱ | Ⅱ |
カフ上部吸引付き気管チューブの使用 | Ⅱ | Ⅰ | ⅠA |
適切なカフ圧の維持 | ― | Ⅱ | ― |
閉鎖式吸引もしくは開放式吸引の使用に関して | 勧告なし | ― | 閉鎖式の使用を考慮 Ⅱ |
開放式吸引チューブの単回使用 | Ⅱ | ― | ⅠC |
計画された口腔ケア | Ⅱ | Ⅰ | ⅠA |
頭部挙上30~45° | Ⅱ | Ⅰ | ⅠB |
エビデンスレベル
CDC | |
---|---|
ⅠA | 導入を強く推奨し、よく計画された実験的、臨床研究、疫学的研究により強力に支持された勧告 |
ⅠB | 導入を強く推奨し、信頼できる臨床研究、疫学的研究、強力な理論的根拠により支持された勧告 |
ⅠC | 連邦政府または州政府の規制によって導入を要求または指示されている勧告 |
Ⅱ | 導入が提案され、示唆に富む臨床的研究、疫学的研究、強い理論的根拠により支持された事項 |
勧告なし | 十分な証拠がなかったりもしくは効果について合 意がない医療行為 |
ATS | |
---|---|
Ⅰ | RCTによる十分な実証 |
Ⅱ | RCTではないよく計画された比較試験やコホート研究などによる実証 |
Ⅲ | ケーススタディや専門家の意見 |
国公立大学附属病院感染対策協議会 | |
---|---|
ⅠA | 導入を強く勧告し、最低1つの無作為化比較試験やメタアナリシス、システマティックレビューなどによりよく計画された実験的、臨床的あるいは疫学的な研究により強力に支持された勧告 |
ⅠB | 導入を強く勧告し、無作為化比較試験ではない試験やコホート研究による実証、いくつかの実験的、臨床的あるいは疫学的な研究により、強力な理論的根拠により支持された勧告、または認められている方法(無菌操作など)で限られた科学的根拠により支持されるもの |
ⅠC | 文部科学省や厚生労働省などの行政の規則・規定・基準で義務付けられている事項 |
Ⅱ | 導入を勧告し、症例集積研究や専門家の意見によるもので示唆に富む臨床的研究または疫学的研究あるいは理論的根拠により支持された事項 |
勧告なし | 根拠が不十分あるいは効果について意見がまとまっていない未解決の課題 |
(文献3~5より改変)
人工呼吸器使用日数の短縮
- 挿管の回避
可能であれば非侵襲的人工呼吸器(NIV)などを使用し、気管挿管および抜管後の再挿管を避ける。特に再挿管はVAPのリスクとなるため、注意が必要である。 - 毎日の覚醒と、自発呼吸の促進を試行
自発覚醒トライアル(SAT)/自発呼吸トライアル(SBT)プロトコルを運用し、抜管が可能かどうか毎日評価する。 - 早期離床プログラムの実施
近年、挿管中から、できるだけ早期に離床に向けた取り組みを行うことが患者の予後改善のために有効であると考えられている。しかし、患者を動かした際に人工呼吸器回路内や上気道にとどまっていた細菌が肺内に吸引され、VAPのリスクとなりうるため、十分なマンパワーを確保し計画的に実施するべきである。
その他
- 予防的抗菌薬投与と選択的消化管除菌(selective digestive decontamination, SDD)
人工呼吸器使用中の患者に対して、予防的に抗菌薬を投与する方法だが、その有効性は明らかでない。耐性菌の検出が増加すると考えられるため、十分に注意が必要である。 - プロバイオティクス
乳酸菌を摂取することで腸内細菌のバランスを整え、VAP発生率低減を目指した研究が進んでいるが、有効性は明らかになっていない。
バンドルアプローチ
近年、前述したような感染対策を個別に導入するのではなく、ガイドラインをもとにしたいくつかの介入を束ねて(バンドル)実施する、バンドルアプローチがVAP予防に効果があったとの報告がある11,12。バンドルには、日本集中治療医学会や米国の医療改善研究所(Institute for Healthcare Improvement, IHI)(表3)13,14などにより推奨されているものがあるが、実践可能なガイドラインを施設で検討し、バンドルとして実施してもよい。
バンドルアプローチはそのすべてを実施し、VAP発生率を下げることが目的であるため、チーム全体で取り組めるよう十分な計画と周知のもとで実施されるべきである。
表3 :日本集中治療医学会の「人工呼吸関連肺炎予防バンドル」とIHIの「人工呼吸器バンドル」の比較
日本集中治療医学会 「人工呼吸関連肺炎予防バンドル2010改訂版」 |
IHI「人工呼吸器バンドル」 |
---|---|
① 手指衛生を確実に実施する。 | ① ベッドの頭部側の挙上。 |
② 人工呼吸器回路を頻回に交換しない。 | ② 毎日の「鎮静薬休止時間」の設定と抜管可否の評価。 |
③ 適切な鎮静・鎮痛を図る。特に過鎮静を避ける。 | ③ 胃十二指腸潰瘍の予防。 |
④ 人工呼吸器からの離脱ができるかどうか。 | ④ 深部静脈血栓の予防。 |
⑤ 人工呼吸中の患者を仰臥位で管理しない。 | ⑤ クロルヘキシジンによる毎日の口腔ケア。 |
(文献13、14より改変)
おわりに
これまでVAP予防は、肺に細菌が流入することを減らすための感染対策が中心であった。しかし近年、VAP予防は早期抜管に向けた対策が数多く提案されている。これらの対策は、感染対策チーム(ICT)メンバーだけで導入することは困難である。呼吸サポートチーム(RST)などのICT以外のチームや多職種と協働して実施することにより、安全かつ効果的に行うことができる。
【 引用・参考文献 】
1. | 志馬伸朗編.人工呼吸器関連肺炎のすべて.東京,南江堂,2010,3. |
2. | Chastre, J. et al. Ventilator‒associated Pneumonia. Am J Respir Crit Care Med. 165(7), 2002, 867‒903. |
3. | 満田年宏.インフェクション・コントロールのためのCDC ガイドライン集.Vol. Ⅱ.東京,国際医学出版.2007,191‒241. |
4. | American Thoracic Society;Infectious Diseases Society of America. Guidelines for the Management of Adults with Hospital‒acquired, Ventilator‒associated, and Healthcare‒associated Pneumonia. Am J Respir Crit Care Med. 171(4), 2005, 388‒416. |
5. | 国公立大学附属病院感染対策協議会編.病院感染対策ガイドライン2018年版.東京,じほう,2018,142‒55. |
6. | Lacherade, JC. et al. Intermittent subglottic secretion drainage and ventilator‒associated pneumonia:a multicenter trial. Am J Respir Crit Care Med. 182(7), 2010, 910‒7. |
7. | Chlebicki, MP. et al. Topical chlorhexidine for prevention of ventilator‒associated pneumonia:A meta‒analysis. Crit Care Med. 35(2), 2007, 595‒602. |
8. | Drakulovic, MB. et al. Supine body position as a risk factor for nosocomial pneumonia in mechanically ventilated patients:a randomised trial.Lancet. 354(9193), 1999, 1851‒8. |
9. | Goularte, TA. et al. Bacterial colonization in humidifying cascade reservoirs after 24 and 48 hours of continuous mechanical ventilation. Infect Control. 8(5), 1987, 200‒3. |
10. | Craven, DE. et al. Contamination of mechanical ventilators with tubing changes every 24 or 48 hours. N Engl J Med. 306(25), 1982, 1505‒9. |
11. | Blamoun, J. et al. Efficacy of an expanded ventilator bundle for the reduction of ventilator‒associated pneumonia in the medical intensive careunit. Am J Infect Control. 37(2), 2009, 172‒5. |
12. | Hawe, CS. et al. Reduction of ventilator‒associated pneumonia:active versus passive guideline implementation. Intensive Care Med. 35(7),2009, 1180‒6. |
13. | 日本集中治療医学会 ICU 機能評価委員会.人工呼吸関連肺炎予防バンドル2010改訂版(略:VAP バンドル).2010.http://www.jsicm.org/pdf/2010VAP.pdf |
14. | Institute for Healthcare Improvement. Implement the IHI Ventilator Bundle. http://www.ihi.org/resources/Pages/Changes/ImplementtheVentilatorBundle.aspx |
提供元:INFECTION CONTROL 2021 vol.30 no.8
(メディカ出版)
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