人工呼吸器と感染対策 ―スタッフを感染から守る―
- 掲載:2023年09月
- 文責:メディカ出版
- 人工呼吸器装着中の患者の周囲環境は、微生物に汚染されている可能性が高い。
- 適切なタイミングでの手指衛生は、非常に有用な感染対策の一つである。
- 人工呼吸器管理に欠かせない吸引においては、適切な個人防護具の使用と手指衛生の遵守が求められる。
- 挿管・抜管時には大量のエアロゾルが発生するため、新型コロナウイルス感染症対策も踏まえた個人防護具の使用を考慮する必要がある。
人工呼吸器装着患者の環境
人工呼吸器管理中の患者の多くは、人工呼吸器以外にも輸液ポンプやシリンジポンプなどの医療機器を使用し、侵襲的な医療器具(中心静脈ラインや輸液ラインなど)も使用されており、日常のケアにおいても、医療従事者と患者とが長時間濃厚接触する機会が多い。また、抗菌薬の長期曝露による多剤耐性菌の保菌や感染症発生リスクも高く1、患者の周囲環境、特に高頻度接触面においては微生物に汚染されている可能性が非常に高いことを踏まえてケアにあたる必要がある。
手指衛生のタイミング
世界保健機関(World Health Organization, WHO)の手指衛生ガイドライン(2009年)では、患者ケアにおける手指衛生のタイミングとして、5つの場面を示している2。
手指衛生のタイミングは、患者ゾーン(患者のベッド周囲を1ゾーンとする)ごとに考えるのが基本である。人工呼吸器装着患者のケアにおける具体的場面について(表1)2に示す。②無菌的操作直前と③体液曝露直後については、患者ゾーン内でその行為が行われるごとに手指衛生を行う。
適切なタイミングでの手指衛生は、ほかの患者やスタッフ自身の感染対策につながり、要となる非常に有用な対策の一つである。
表1 :人工呼吸器装着患者のケアにおける具体的場面
WHOの手指衛生のタイミング | 人工呼吸器装着患者のケアにおける具体的場面 |
---|---|
①患者に接する前 | ケアのためベッドサイドを訪れたとき |
②無菌的操作直前吸 | 吸引・回路交換・口腔ケアなどのケア実施時、採血・中心静脈ラインや尿道留置カテーテル関連のケア実施時など |
③体液曝露直後 | 吸引や口腔ケア後、気道内分泌物に接触した可能性のあるとき、オムツ交換後など |
④患者に接した後 | ケアを終了しベッドサイドから離れるとき |
⑤患者の周囲環境に接した後 | ①~④には該当しないタイミングで、人工呼吸器など患者周囲の医療機器に接触した場合 |
(文献2より作成)
吸引時の感染対策
人工呼吸器ケアにおいて気管吸引は欠かせないケアの一つである。吸引には開放式吸引と閉鎖式吸引の2通りの方法がある。いずれの方法でも、自分自身を感染から守るためにも、適切な個人防護具の使用と手指衛生の遵守は欠かせない。
開放式吸引(図1)
- 必要物品の準備が終わったら手指衛生を行い(②無菌的操作直前)、個人防護具を装着する。
- 接続を外した際に気道分泌物が飛散するリスクがあるため、個人防護具としてエプロン、サージカルマスク、ゴーグル、手袋3,4を必ず装着する。
- 吸引チューブは滅菌済みのものを使用する。
- 複数回吸引を行う場合は、吸引チューブ周囲の気道分泌物を再度患者の気管内に押し込まないよう、吸引チューブの周囲をアルコール綿で消毒し、滅菌水で吸引チューブ内をリンスする。
- 吸引後、手袋→エプロン→ゴーグルの順に個人防護具を脱ぎ、手指衛生を行う(③体液曝露直後)。患者の周囲を整え、ベッドサイドから離れる際、再度手指衛生を行う(④患者に接した後)2。
閉鎖式吸引(図2)
- 必要物品の準備が終わったら手指衛生を行い(②無菌的操作直前)、個人防護具を装着する。
- 閉鎖式吸引では、気道分泌物が飛散する可能性はないが、人工呼吸器や回路・周辺機器などに気道分泌物が飛散している可能性があるため、手袋3,4を装着する。
- 吸引後は、メーカーの推奨する量の滅菌生理食塩水でチューブ内を十分に洗浄する。
- 吸引後、手袋を脱ぎ、手指衛生を行う(③体液曝露直後)。患者の周囲を整え、ベッドサイドから離れる際、再度手指衛生を行う(④患者に接した後)2。
- 閉鎖式吸引に用いるカテーテルの交換頻度については、メーカーの推奨に従い定期的に交換を行う。
気管吸引に用いる手袋は滅菌? 未滅菌?
気管吸引は無菌操作で行われるものであるが、「滅菌手袋を用いるべきか」、「未滅菌手袋でよいか」については、現時点では明確にはされていない5。未滅菌の手袋を使用する場合は、清潔な手袋でなければならない。清潔な手袋とは、手指衛生を行い使用直前に箱から取り出したものである。あらかじめ箱から出してトレーに置いているものやポケットに入れていた手袋などは、清潔な手袋であるとはいえない(図3)。これらを踏まえた適切な手袋の選択が必要となる。
図3 :清潔な手袋の考え方
開放式吸引と閉鎖式吸引ではどちらが効果的か?
開放式吸引と閉鎖式吸引のどちらが人工呼吸器関連肺炎の予防に効果的かは明確にはされていない5。開放式吸引はカテーテル1本あたりが安価であるが、吸引時に分泌物が飛散しやすい。
一方、閉鎖式吸引はカテーテル1本あたりのコストは高いが、分泌物の飛散を防止でき、周囲環境や医療従事者への曝露を減らす。
施設の状況に応じて利点・欠点を踏まえ、いずれかの方法を選択する必要がある。
挿管・抜管時の感染対策
挿管や抜管時はエアロゾルが発生しやすく、特に緊急挿管時には十分な人員確保ができないことや事前準備が不十分なまま処置に入ってしまう場合も多く、スタッフへの微生物の曝露リスクが高くなることが懸念される6。また、新型コロナウイルス感染症が世界的に流行している現在、挿管・抜管時に発生するエアロゾルによる新型コロナウイルス感染のリスクも高まっており、スタッフを感染から守るためにも、確実な感染対策の実践が求められる。以下に、新型コロナウイルス感染症対策も踏まえた対策について述べる。
個人防護具
挿管・抜管時には、気道分泌物が飛散する可能性があるため、吸引時と同様にエプロン、サージカルマスク、ゴーグル、手袋の装着が必要である。
挿管は急変などにより緊急的に行われることも多い6。特に救急部門では、患者の来院までの生活背景などを確認する時間がない場合も多く、当該患者が新型コロナウイルスなどの感染者である可能性も考えられる。
新型コロナウイルス感染症への対応としては、長袖ガウン、ゴーグル、手袋に加え、大量のエアロゾルが発生する挿管や抜管の介助時には、サージカルマスクの代わりにN95マスク(またはDS2などN95マスクと同等のフィルタ性能を有するマスク)を追加する必要がある7。日常的な対応として挿管・抜管時にN95マスクを使用するかどうかについては、新型コロナウイルス感染症の流行状況などを鑑み、各施設で検討する。
挿管・抜管における注意事項
- 事前準備や感染対策をしっかり行うため、緊急挿管とならないよう、できるだけ早いタイミングで必要性を評価する。
- 抜管時には咳嗽が生じるため、より大量のエアロゾルに曝露する可能性を認識する。
- 新型コロナウイルス感染症の可能性が否定できない患者の挿管・抜管時は、ゾーニングをしっかり行い、挿管・抜管を行う場所をレッドゾーン(汚染区域)として、介助者はガウン、N95マスク、ゴーグル、手袋、キャップ(必須ではない)を装着のうえで介助にあたる。また、エアロゾル曝露予防のため、挿管前の酸素化を十分に行い、バッグバルブマスクやジャクソンリース回路などを用いた用手的換気はできるだけ行 わず、施行する場合も短時間で行うことが重要である。6
【 引用・参考文献 】
1. | 矢野邦夫ほか.“医療現場における感染性微生物の伝播予防のために必要な基本要素”.医療現場における隔離予防策のためのCDCガイドライン.矢野邦夫ほか訳編.大阪,メディカ出版,2007,60‒93. |
2. | WHO. WHO Guidelines on Hand Hygiene in Health Care:a Summary. https://apps.who.int/iris/bitstream/10665/70126/1/WHO_IER_PSP_2009.07_eng.pdf |
3. | 有福保恵.“治療・看護行為別感染対策Q52~91”.感染対策ズバッと問題解決 ベストアンサー171.日本感染管理ネットワーク編.インフェクションコントロール2011年秋季増刊.大阪,メディカ出版,2011,95‒6. |
4. | 柴谷涼子.“開放式吸引”.感染対策の必須テクニック117.洪愛子編.インフェクションコントロール2010年秋季増刊.大阪,メディカ出版,2010,104‒8. |
5. | CDC. Guidelines for Preventing Health‒Care‒‒Associated Pneumonia, 2003. https://www.cdc.gov/mmwr/preview/mmwrhtml/rr5303a1.htm |
6. | 日本クリティカルケア看護学会ほか.COVID‒19重症患者看護実践ガイドVer.3.0. https://www.jsicm.org/news/upload/COVID-19_nursing_guide_v3.pdf |
7. | 日本環境感染学会.医療機関における新型コロナウイルス感染症への対応ガイド.第3版 http://www.kankyokansen.org/uploads/uploads/files/ jsipc/COVID-19_taioguide3.pdf |
提供元:INFECTION CONTROL 2021 vol.30 no.8
(メディカ出版)
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