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意外と知らない人工呼吸器の呼吸回路フィルタの豆知識

  • 掲載:2023年10月
  • 文責:メディカ出版
意外と知らない人工呼吸器の呼吸回路フィルタの豆知識

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行により、社会ではマスクの性能や供給に注目が集まり、医療現場では人工呼吸器の呼吸回路フィルタは感染対策において不可欠な要素となった。ここでは、人工呼吸器の呼吸回路フィルタに関する疑問を解説する。

人工呼吸器の呼吸回路フィルタとは?

人工呼吸器の呼吸回路フィルタ(以下、フィルタ)の役割は、人工呼吸器の送気ガスや患者から戻る呼気に混入する微粒子や微生物を減少させることである。JIS規格では、「患者に送り込むガス及び患者から排出されるガス中の、微生物を含む粒子数を減少させるために使用する」とされている1。人工呼吸器のフィルタには、吸気側フィルタ、呼気側フィルタ、Yピースの患者側に装着する人工鼻フィルタがある(図1)

図1:人工呼吸器のフィルタ使用箇所

フィルタの種類と特徴

機械式フィルタ

機械式フィルタは、フレームで支持された繊維で構成されている。繊維の密度を高めることで微粒子の捕捉率は上がるが、空気抵抗は増加する。空気抵抗を減らし効率を高めるために、プリーツ加工(ひだや折り畳み)により表面積を増やしている。また、機械式フィルタは繊維の密度が高いことから疎水性を示す2。静電式フィルタよりも濾過性能に優れている3

静電式フィルタ

静電式フィルタは、静電気を帯びたポリプロピレンなどの繊維で構成されている。機械式フィルタに比べて繊維の密度が低いことから空気抵抗は低く、プリーツ加工は必要ない3。親水性であることが多く、人工鼻フィルタによく使用されている。

フィルタの原理と濾過性能

フィルタには5つの機能2がある。

  • ①遮断:繊維のすきまより大きい粒子は遮断され捕捉される。
  • ②慣性衝突:粒子の慣性により繊維周囲の気体の流れに従うことができず繊維に衝突する。
  • ③拡散:小さい粒子はブラウン運動するため繊維に衝突する確率が高まる。
  • ④重力:大きな粒子は、ゆっくりと流れるため重力によって繊維上に沈殿する。
  • ⑤静電気:電荷を帯びた粒子は、クーロン引力により、対極に帯電した繊維に引き寄せられる。

大きな粒子(0.3μm超)の濾過は慣性衝突と遮断および重力によって行われ、小さな粒子(0.3μm以下)は拡散によって捕捉される。粒子サイズは、黄色ブドウ球菌1.0μm、緑膿菌0.5μm、HIV 0.08μm、C型肝炎ウイルス0.03μm3、コロナウイルス0.1μm4とされている。0.3μmの粒子は慣性衝突・遮断・拡散の効果の境界であり、最大透過粒子径(the most penetrating particle size;MPPS)と呼ばれ、最も浸透性が高く捕捉が難しいとされている5

HEPAフィルタ

HEPA(high efficiency particulate air)は、最も捕捉しにくい0.3μm(MPPS)の粒子を99.97%以上捕捉でき、空気抵抗が低い。JIS規格では、0.3μmの粒子に対して99.97%以上の粒子捕集率を有し、かつ初期圧力損失が245Pa以下の性能を持つエアフィルタ6と定義されている。

バクテリアフィルタ

バクテリアフィルタの定義はなく、医療機器の一般的名称7では、人工呼吸器に使用するフィルタとしては、人工呼吸器フィルタ、呼吸回路除菌用フィルタ、単回使用人工鼻用フィルタがある。

吸気側:人工呼吸器の吸気出口フィルタ

吸気出口フィルタには、吸気ガスに含まれる人工呼吸器内部の微生物やウイルスを含む微粒子を遮断するとともに、患者の呼気逆流による人工呼吸器内部の汚染を防ぐ役割がある。基本的に全ての人工呼吸器で使用され、機械式・静電式フィルタ共に使用可能である。

患者側:フィルタ付き人工鼻(HMEF)

フィルタ機能が付いた人工鼻はHMEF(heat and moisture exchanger filter)と呼ばれ、患者の呼気ガスの熱と水分を保持し、吸気ガスに熱と水分を与える役割を持つ。
HMEFには静電式フィルタがよく用いられ、機械式フィルタに比べフィルタの容量が小さく済むことから死腔量を抑えることができる。しかし、水が浸透して圧力がかかると液体を通じて微生物もフィルタを通過することが指摘されている8
一方、機械式フィルタは、液体が通過するために必要な圧力は静電式フィルタに比べ高く、人工呼吸器は閉塞と認識して高圧アラームが発生しやすい。HMEFでは、水分の貯留と抵抗の増加(閉塞)に注意が必要である。

呼気側:人工呼吸器の呼気入口フィルタ

呼気入口フィルタには、患者から戻った呼気ガスが室内に排出される時に微生物やウイルスを含む微粒子を捕捉する役割がある。相対湿度が高いガスを取り込むため、水分貯留による閉塞に注意しなければならない。
熱線入りヒーターワイヤ回路で呼気入口フィルタを使用する場合は、呼気ガスの水分がフィルタに貯留すると目詰まりや抵抗の増加が生じやすく、呼気時間の延長や高圧アラームの発生にも注意が必要である。
静電式フィルタは水分貯留によりフィルタ性能が低下し室内に汚染したガスが排出される恐れがあるため、機械式フィルタが向いている。人工呼吸器によっては呼気入口フィルタの装着を推奨しない機器もあるため、各施設で使用する人工呼吸器の添付文書を確認しておくとよい。

人工呼吸器回路フィルタのよくある疑問

Q:吸気出口フィルタがあれば、フィルタなし人工鼻を使用してもよい?

吸気出口フィルタを付けていても、人工鼻か呼気入口のいずれかにフィルタは必要である。フィルタ機能のない人工鼻の場合、患者から戻る呼気ガスに含まれる微生物やウイルスを含む微粒子が呼気回路や室内気を汚染する可能性が考えられる。呼気入口フィルタの装着を推奨しない人工呼吸器では、HMEFを使用することでそれらの汚染を防ぐことができる。

Q:フィルタ付き人工鼻(HMEF)があれば、吸気出口フィルタはHEPA規格でなくてもよい?

HMEFを使用する際は吸気出口のフィルタは必須だが、HEPA規格ではなくてもよい。ただし、新型コロナウイルス感染症に対する人工呼吸器のガイドラインでは、吸気出口・呼気入口フィルタはHEPAフィルタと同等の性能を持つ製品が望ましい9としている。HEPA規格は微粒子の捕捉性能と空気抵抗の基準であり、吸気出口は微粒子の捕捉性能及び空気抵抗の低いフィルタがよいとされている。

Q:フィルタ付き人工鼻(HMEF)があれば、呼気入口フィルタは必要ない?

HMEFのフィルタは静電式であることが多く、捕捉性能は機械式に劣る。特に水分を貯留すると細菌やウイルスを含む微粒子がフィルタを通過する場合があり、注意が必要である。呼気入口フィルタの装着を推奨しない人工呼吸器では、機械式フィルタの人工鼻を使用する。この場合、機械式フィルタは容量が大きいので死腔量に注意が必要である。

Q:海外規格とJIS規格でウイルス除去能力に差はあるのか?

人工呼吸器回路フィルタの国際規格は ISO(23328-1:2003)10である。国内の規格では、日本産業規格(JIS T 7211:2005)1があり、ISO 23328と互換している。麻酔及び呼吸器用途の呼吸システムフィルタの濾過性能を評価するために、0.3μmの塩化ナトリウム粒子負荷試験を行う。

Q:PFE、VFE、BFE、HEPAの違いは?

微粒子濾過効率(particle filtration efficiency;PFE)、ウイルス濾過効率(viral filtration efficiency;VFE)、細菌濾過効率(bacterial filtration efficiency;BFE) は、マスクやフィルタの濾過効率を表す指標であり、HEPAはフィルタ性能を表す規格である。
ASTMインターナショナル(旧称:米国材料試験協会、American Society for Testing and Materials)ではASTM F210011、欧州ではEN 1468312の規格があり、国内では2021年にJIS T9001 医療用マスク及び一般用マスクの性能要件及び試験方法が公開されている。PFE、VFE、BFEは、医療用マスクとしての性能を表す試験項目に含まれており、その他に圧力損失や人工血液バリア性などの項目と併せて、医療用マスクの品質基準をクラスⅠ~Ⅲで示す。

細菌濾過効率(BFE)

バクテリアを含むエアロゾルを捕集する性能を表す13。試験では、細菌対照数と試験品から流出液数を比較して濾過効率を算出する。黄色ブドウ球菌をエアロゾル化して平均粒子サイズが3.0μmとなるよう調整して使用する。

ウイルス濾過効率(VFE)

ウイルスを含むエアロゾルを捕集する性能を表す13。試験は、ウイルスをエアロゾル化して平均粒子サイズが3.0μmとなるよう調整して使用する。

微粒子濾過効率(PFE)

空気中を浮遊する約0.1μmの微粒子を捕集し、どの程度濾過できるかを表す13

HEPA

0.3μmの粒子に対して99.97%以上の粒子捕集率を有し、かつ初期圧力損失が245Pa以下の性能を持つエアフィルタ6である。

Q:捕集効率は高ければ高いほど良い? 「99.7%以上」よりも「99.999%」でないといけないのか?

HEPAに比べ、BFEとVFEは粒子径が10倍程度大きい粒子径で試験が行われる。試験方法が異なるため、一概に99.999%が良いとは言えず、捕集効率の数値だけでなく試験の内容を確認して評価する必要がある。

安全・適切・効果的に使用するためのポイント

  • フィルタ付き人工鼻(HMEF)の多くが交換時間の目安を24時間としており、水分貯留による気道抵抗の上昇や、分泌物による閉塞に注意する。
  • HMEFとヒーターワイヤ付き加温加湿器の併用は禁忌である。転床や検査などで一時的に人工鼻を使用する際は、戻し忘れ・外し忘れが発生しやすいため、切り替えた(元に戻した)時点で点検することが求められる。
  • HMEFを使用し、呼気入口フィルタを使用しない場合は、HMEFのフィルタ方式を確認すべきである。静電式フィルタの人工鼻は、水分が貯留した場合に細菌を含む微粒子がすり抜ける可能性がある。機械式フィルタの人工鼻は容量が大きく、死腔量に注意が必要である。
  • 呼気入口フィルタは水分を多く含むガスが通過するため、機械式フィルタでかつ水分を収集するバイアルなどが付いているフィルタが望まれる。機械式フィルタに水分が貯留するとフィルタが閉塞状態となる場合がある。

【 参考文献 】

1. 日本産業規格 JIS T 7211:2005.麻酔及び呼吸に使用する呼吸回路フィルター 第1部:ろ過性能を試験するための食塩試験方法.
2. WILKES, Antony R. Breathing system filters. BJA CEPD Reviews. 2(5), 2002, 151-4. https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1472261517300766(2023年7月閲覧)
3. Lawes, EG. Hidden hazards and dangers associated with the use of HME/filters in breathing circuits. Their effect on toxic metabolite production, pulse oximetry and airway resistance. Br J Anaesth. 91(2), 2003, 249-64. https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0007091217367557?via%3Dihub(2023年7月閲覧)
4. 国立感染症研究所.コロナウイルスとは. 2021年09月30日改訂.
https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/9303-coronavirus.html(2023年7月閲覧)
5. FIRST, MW. HEPA filters. Journal of the American Biological Safety Association. 3(1), 1998, 33-42. https://www.liebertpub.com/doi/pdf/10.1177/109135059800300111(2023年7月閲覧)
6. 日本産業規格 JIS Z 8122:2000.コンタミネーションコントロール用語.
7. 独立行政法人医薬品医療機器総合機構.医療機器の一般的名称(令和5年4月25日更新).
https://www.std.pmda.go.jp/stdDB/index_jmdn.html(2023年7月閲覧)
8. Wilkes, AR. Heat and moisture exchangers and breathing system filters: their use in anaesthesia and intensive care. Part 1–history, principles and efficiency. Anaesthesia. 66(1), 2011, 31-9.
https://associationofanaesthetists-publications.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/j.1365-2044.2010.06563.x(2023年7月閲覧)
9. 日本呼吸療法医学会, 日本臨床工学技士会.新型コロナウイルス肺炎患者に使用する人工呼吸器等の取り扱いについて-医療機器を介した感染を防止する観点から-Ver.3.0.2021年6月24日.
https://ja-ces.or.jp/wordpress/wp-content/uploads/2021/06/5fbe4ea278dcc2c72431fc28f502af61.pdf(2023年7月閲覧)
10. ISO 23328-1:2003. Breathing system filters for anaesthetic and respiratory use — Part 1: Salt test method to assess filtration performance.
11. ASTM F2100-23. Standard Specification for Performance of Materials Used in Medical Face Masks.
https://www.astm.org/f2100-23.html(2023年7月閲覧時)
12. BS EN 14683:2019. Medical face masks. Requirements and test methods.
13. 日本産業規格 JIS T9001:2021.医療用及び一般用マスクの性能要件及び試験方法.

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